※この記事は印象的な場面に触れていますが、結末の核心的なネタバレはありません。セリフは正確な引用ではなく、私が受け取った印象として書いています。
最高だった。率直に、そう思える作品だった。
映画館を出た瞬間、気分爽快だった。明日から仕事を頑張ろう、と素直に思えた。映画でそんな気持ちになれることは、意外と少ない。
観終わってふと思った。タイトルの「悪魔」とは、いったい誰のことだったのだろう。その答えは、記事の最後に書いた。
まず、今作の話を少しだけ
前作でカリスマ編集長ミランダのもとを去ったアンディは、その後ジャーナリストとして成功を収めていた。ところが勤め先の一斉解雇をきっかけに、再びミランダとランウェイに関わることになる。
ランウェイもまた、大きな変化の波の中にいた。デジタル化による読者離れ、Z世代スタッフとの価値観のすれ違い、そして雑誌存続をかけた経営の危機。華やかなファッションの世界を舞台にしながら、仕事とは何か、人生の価値とは何かを問いかけてくる作品だ。
前作を観ていればより深く楽しめるが、今作だけでも仕事や人間関係の物語として楽しめる内容になっている。
どんな人に観てほしいか
まずファッションとして純粋に楽しみたい人に勧めたい。
アンディは冒頭、ジャーナリストとして機能性とTPOを重視したシンプルな服装で登場する。それがランウェイに戻るにつれ、どんどんモードに近づいていく。この変化の過程を追うだけでも、見応えが十分にある。特に、ある人物のパーティーで彼女が纏うカラフルなドレスは圧巻だった。どんなドレスかは、ぜひ劇場で確かめてほしい。
一方で、仕事とは何か、生活とのバランスをどう取るか、仕事への向き合い方を考えたい人にも深く刺さる作品だ。困難に直面しても行動することで成果を掴んでいく姿は、仕事で悩んでいる人の背中をそっと押してくれる。
前作を観た当時の自分
前作『プラダを着た悪魔』を観た当時、私は結婚し、子どもが生まれた直後だった。仕事では大きなキャリアアップにつながる選抜試験を控えながら、1日12時間以上働くような時期でもあった。
当時の私はミランダを自分の上司に、アンディを理不尽な環境で頑張る自分に重ねていた。
結果として、選抜試験には合格しなかった。でも今振り返ると、後悔していない。家族と過ごす時間を持てたこと、大切なものを完全には失わずに済んだこと。それもまた、私にとっては意味のある選択だったと思っている。
今回の続編を観て、前作とは違う部分が深く刺さったのは、あの頃からの時間と経験があったからだと思う。
評価されるために働くのか、誠実に働くのか
アンディがミランダに評価されていないとナイジェルに愚痴をこぼす場面がある。そのときナイジェルが返した言葉が、ずっと頭に残っている。
君は誰かに評価されたいのかい。君の親は、君が描いた絵を全て冷蔵庫に貼っていたかい。
正確な台詞ではなく、私が受け取った意味として書いている。それでもこの言葉の重みは、じわじわと伝わってくる。
仕事はいつも分かりやすく褒めてもらえるものではない。頑張っても評価されないことがある。結果を出しても当然のように扱われることもある。それでも仕事は続いていく。
大切なのは誰かに褒めてもらえるかどうかではなく、自分がその仕事に誠実に向き合えているかだと、この場面は静かに語っていた。
仕事は、誰かが見ていてくれる
今回一番心に残ったのは、終盤のナイジェルとアンディのある場面だった。
内容には深く触れないが、アンディの仕事人生のある出来事が、実は偶然ではなかったことが明かされる。ナイジェルは静かに、でも確かに、アンディのことを見ていた。
誠実に仕事をしていれば、必ず誰かが見ていてくれる。人生に、本当の意味での偶然はないのかもしれない。
これはナイジェルの台詞ではなく、この場面から私が受け取ったことだ。でも、だからこそ自分の言葉として残っている。
本作の真の立役者、ナイジェル
前作から引き続き、ナイジェルは迷うアンディに対して要所で言葉をかける。そのアドバイスが本当に秀逸だ。答えを直接教えるのではなく、気づきを与えるような言葉を選ぶ。本人が自分で考え、成長できるように促すやり方だ。今作でもそのスタンスはまったく変わらない。
一方で、アンディが危ない橋を渡ろうとしている場面では、普段より強めの警告も与える。優しいだけではない。本当に大切な場面では、きちんと厳しくもある。
ミランダから一時は不遇な扱いを受けても、ナイジェルは腐らない。自らの仕事を淡々とこなし、かといって主張しすぎない。いろんな悪魔に翻弄される世界の中で、自分の役割を見失わず、常にアンディに正しい方向性を示し続けた。
私自身も、前に出る仕事だけでなく、誰かを支える立場の仕事をしてきた。だからこそ、ナイジェルの姿には強く惹かれた。
目立つ人の後ろには、必ず支える人がいる。世間では目立つ人ばかりが評価されやすいが、その人が輝けるのは支えてくれる人がいるからだ。自分が納得のいく仕事ができているなら、それを可能にしてくれているスタッフや家族が必ずいる。その人たちへの感謝を忘れてはいけない。
ナイジェルこそ、本作品の真の立役者だと私は思う。
「最後の晩餐」の前で語られること
もう一つ、強く印象に残った場面がある。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の前で、ミランダがアンディに語りかける場面だ。
公式パンフレットによると、この場面のためにわざわざレプリカが作られたという。そこまでして選ばれた舞台には、強い意味があるように感じた。「最後の晩餐」といえば、裏切りの場面で知られる絵画だ。その絵の前で交わされる会話には、自然と重みが生まれる。
仕事に不誠実であれば、どこかで感づかれる。隠しているつもりでも、滲み出てしまうものがある。誠実に向き合っているかどうかは、言葉よりも行動に出る。
時代の変化と、ミランダの葛藤
今作のミランダは、前作とは少し違う一面も見せる。
ファッション業界では体型に関する発言やハラスメントへの意識が変わっている。会議の場でミランダが言葉を選びきれない場面では、秘書がすかさず注意を入れる。
強くあり続けてきたミランダでさえ、時代の変化には対応を迫られる。職場で世代間のギャップを感じたことがある人なら、この場面にきっと刺さるものがあるはずだ。
追い詰められた夜に、大事な決断をしなくていい
いつもは強気で迷いを見せないミランダが、夫の前で弱さを見せる場面がある。そのとき夫がかけた言葉が、じんわりと響いた。
今はそれを決断する時期ではない。ゆっくり寝て、朝起きてカプチーノを飲んでからまた考えればいい。
私自身、嫌なことがあるとその場で決めてしまいたくなることがある。追い詰められると、早く結論を出して楽になりたくなる。でもこれまでの経験を振り返ると、その場の決断が最善だったとは限らなかった。
一晩寝て、朝もう一度状況を整理して考える。その決断の方が正しかったことが多かった。人は切羽詰まるとすぐ決めなければと思い込むが、実は一晩寝るくらいの余裕は残されていることが多い。
「不完全なまま付き合う」という選択肢
アンディとパートナーは、一度意見の違いから別れてしまう。それでも終盤、アンディは自分からパートナーに会いに行く。その場でパートナーが返した言葉が、不完全なまま付き合うのも一つの選択肢、というものだった。
この言葉は仕事と生活のバランスにも通じると思う。何かを突き詰めれば、必ず何かを犠牲にする。完璧を求めることが、ある意味で悪魔になる。不完全なままでいることを選ぶのは、逃げではなく、人間らしい幸せの形なのかもしれない。
ミランダが払ってきたもの、そして最後まで貫いたもの
ミランダは家族、子ども、プライベートを犠牲にしても、それでも仕事を選び続けた。その代償は画面から痛いほど伝わってくる。
一方で、生活のために仕事を選ばずやらなければならない現実も、今作では描かれている。名声のために働く人間も、家賃のために働く人間も、どちらも懸命に仕事に向き合っている。
それでもミランダは、最後の最後まで仕事に対して誠実でプロであり続けた。その姿には、やはり強さと美しさがある。
「悪魔」とは、いったい誰のことだったのか
映画を観終わって、タイトルの「悪魔」について考えた。
一人目の悪魔はミランダ。仕事に魂を売り、全てを捧げた悪魔。
二人目の悪魔は、アンディの中にいる悪魔だ。生活のために理想と違う仕事を選ぶ自分。成功のために一度は断った選択肢を受け入れる自分。そして、経験を重ねる中で、過去の信念すら変えていく自分。それは弱さというより、人が生きていく中で避けられない揺らぎなのだと思う。周囲の環境、人間関係、自分の成長によって信念は何度も揺れ、変わっていく。アンディの悪魔は、人間らしさそのものだったのかもしれない。
そして三人目は、時代の悪魔だ。デジタル化による読者離れ、企業コンサルによる予算削減、スポンサーからの圧力、そして買収話。どれだけ優れたプロフェッショナルであっても、資本と時代の論理には抗えない。ミランダほどの人物でさえ、その前では沈黙を強いられる場面がある。これが現実のビジネスの姿でもある。
もしかしたら、今作の本当の悪魔は「何かを突き詰めること」そのもの、つまりプロ意識や執念そのものだったのではないか。そして時代という悪魔は、その執念すら飲み込もうとする。
アンディが最後に選んだ「不完全なまま」という答えは、仕事と生活、恋愛、全てのバランスを取ろうとする生き方の宣言だったのかもしれない。何かを突き詰めれば何かを失う。ノーペイン、ノーゲイン。でも人間の幸せを考えたとき、不完全なままでいることもまた、一つの豊かさなのだと思う。
最後に、自分自身のこと
この映画を観て、改めて思った。
誠実に仕事をしていれば、必ず誰かが見ていてくれる。目立たない場所で支え続けることにも、確かな意味がある。そして、追い詰められた夜に大事な決断をしなくていい。
かつて選抜試験に落ちた自分を、今は後悔していない。あのとき家族を選んだことも、仕事に向き合い続けたことも、全て今の自分につながっている。人生に本当の意味での偶然はないのかもしれない、とこの映画は静かに教えてくれた。
自分を支えてくれているスタッフや家族への感謝を忘れずにいたい。そして自分が支える立場にいるときも、その仕事に誇りを持ちたい。
もう一度観たい。そう素直に思える、とても良い作品だった。

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